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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)1546号 判決

主文

被告人両名を懲役六月に各処する。

未決勾留日数中、被告人佐藤秋雄に対し一〇〇日を、被告人前田正治に対し七〇日を、それぞれ右各刑に算入する。

但し、この裁判の確定した日から、被告人佐藤秋雄につき四年間、被告人前田正治につき三年間、それぞれ右各刑の執行を猶予する。

押収してある塩素酸カリウム(クリープのびん入り)一びん、同塩素酸ナトリウム(ネスカフェのびん入り)一びんを没収する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、鈴木実吉ほか一名と共謀のうえ、業務その他正当な理由による場合でないのに、昭和五〇年五月四日ごろ、東京都港区新橋一丁目二番六号新橋第一ホテル客室二、三九六号室において、その後引続き同年一〇月ごろまでの間、同都品川区大井二丁目二〇番一二号橘荘八号室の右鈴木実吉の当時の居室において、更にその後引続き昭和五一年六月二日までの間、同都大田区中央八丁目四三番一〇号安島荘の同人の居室において、爆発性のある劇物である塩素酸カリウム約三三グラム及び塩素酸ナトリウム約一キログラムを所持したものである。

(証拠の標目)《省略》

(事実認定に関する補足説明)

判示事実は、前掲各証拠を総合してこれを認めるに十分であるが、弁護人は、(一)被告人両名と鈴木実吉との間に判示塩素酸カリウム及び塩素酸ナトリウム(以下判示薬品と略称する)を所持することの共謀がなされた事実はない、(二)仮に共謀が成立したとしても、被告人らは、昭和五〇年一〇月ごろ、被告人らの所属している組織から右鈴木を除名すると共に、同人に対し、判示薬品を返還するか或は直ちに廃棄するよう強く要求したところ、同人において以後独自の責任のもとにこれを所持する旨を明言したのであるから、少くともその時期以降は被告人らと同人との間に判示薬品所持についての共同意思は存在しない、と主張するので、右主張に即して若干補足説明する。

一、前掲証拠によれば、被告人両名は、いずれもいわゆる共産主義者同盟蜂起左派に所属し、他の同派構成員と共に密に爆弾を製造して武装闘争を展開するとの行動目標を掲げ、昭和四九年夏ごろより爆弾製造の準備を進めていたこと、昭和五〇年五月四日ごろ、判示新橋第一ホテルにおいて、被告人両名及び判示鈴木実吉ら同派の構成員により、それまでに各人において準備した装置や資材、薬品等を持ち寄って、爆弾製造方法についての検討会が開かれた際、判示薬品等の保管方法につき被告両名及び右鈴木ほか一名の間で協議がなされ、被告人佐藤の指示もあって、右鈴木においてこれを保管することが決定されたこと、右決定に基づき右鈴木は判示薬品を所携のショルダーバック内に入れて所持し、翌朝同ホテルより当時の住居である判示橘荘八号室に持ち帰って同室押入れ内に隠匿して保管していたが、その後、同年一〇月ごろ判示安島荘に転居し、同荘の自室押入れ内に隠匿して引続き所持していたことがそれぞれ認められる。

これによれば、被告人両名は、右鈴木らと共謀のうえ、同年五月四日ごろ、判示新橋第一ホテル客室において判示薬品を所持していたことは明らかであると共に、右共謀に基づき、引続き右鈴木において同人の前記各居室で判示薬品を所持していたことも明らかである。

二、ところで、弁護人は、同年一〇月ごろ以降は被告人らと右鈴木との間に判示薬品所持についての共謀関係がない旨の主張をするが、前掲証拠によれば、右鈴木は、そのころ前記組織から資格停止処分を受けると共に被告人らから判示薬品の返還の要求を受けていた事実は認められるものの、前記認定のとおり、そのころ既に被告人らとの間の共謀に基づき、判示薬品所持の実行行為を継続していたものであるから、被告人両名が右所持の共謀関係から離脱したといいうるためには、被告人らにおいて、右鈴木から判示薬品を一たん取り戻すなどして同人の占有を失わせるか、或は、そのための真摯な努力をなしたにもかかわらず、同人においてこれが返還等をなさず、以後の判示薬品の所持が当初の共謀とは全く別個な同人独自の新たな意思に基づいてなされたものと認めるべき特段の事情がなければならないものと解されるところ、被告人らは、右鈴木に対し、判示薬品の返還要求の意思表示はなしたものの、これを取り戻すなど同人の占有を喪失させるための真摯な努力をなした形跡は全く見当らず、また、右鈴木においても、当初の共謀とは全く別個の意思で改めて所持するに至ったものと認めるべき特段の事情も存しないのであるから、被告人らが所持の共謀関係から離脱したものと認めることはできない。よって弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はそれぞれ毒物及び劇物取締法二四条の三、三条の四、同法施行令三二条の三、刑法六〇条に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右所定刑期の範囲内で被告人両名を懲役六月に各処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中、被告人佐藤秋雄に対し一〇〇日を、被告人前田正治に対し七〇日を、それぞれ右の各刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から、被告人佐藤秋雄につき四年間、被告人前田正治につき三年間、それぞれ右の各刑の執行を猶予することとし、押収してある塩素酸カリウム(クリープのびん入り)一びん及び同塩素酸ナトリウム(ネスカフェのびん入り)一びんは判示犯罪行為を組成した物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項によりこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤曉 裁判官 吉崎直弥 濱野惺)

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